レバノン出身の劇作家ワジディ・ムワワド氏の「みんな鳥になって」が6月28日から、東京・世田谷パブリックシアターで上演されます(兵庫・愛知・岡山・福岡公演あり)。演出はこれまで、「炎 アンサンディ」「岸 リトラル」「森 フォレ」とムワワド氏の“約束の血”シリーズを手掛けた上村聡史さん。「炎」「森」に出演した麻実れいさん、3作すべてに出演している岡本健一さんの3人に、世界の今を見据える本作の魅力を聞きました。
―まずは、「炎 アンサンディ」「岸 リトラル」「森 フォレ」に携わってきた経験を踏まえて、「みんな鳥になって」の戯曲を読まれた印象を教えてください。
上村さん「これまでの3作の中で一番苦戦したのが「森」でした。。時代や場所が絶えず飛び交う構成だったので、分かりづらかったんですね。その点、、「みんな鳥になって」は外枠の構造が比較的シンプルな方かなと。ただし、その中身には、これまで以上に作家の強い決意が込められており、終わり方も3作品とは異なるように思います。作家が自身をリセットして、新たな創作に挑もうとしている意気込みを感じました」
岡本さん「まず、ひとりひとりの台詞が長くて饒舌で、それにどんどん引き込まれていく感覚がありました。新しい人物が出てきて、その人の発する言葉、掛け合いがあり、その家族も登場してきて…そこには、自分の知らない世界がありました。そのひとりひとりの体験は壮絶なのですが、これまでの3作とは違う、パーソナルでよりリアルなものを感じました」
麻実さん「「炎」の初演のときは、ものすごくいろんな資料を用意してくださったんです。最初の顔合わせの時には、数冊どころじゃない資料が並んでいて、それがとても助けになりました。ムワワド作品とはそこからが始まりです。こうして通過してみると、「炎」は非常につかみやすかった。「森」では難しくなってきたけれど、ムワワドさんの世界に引き込まれていった。今、中東は大変ですよね。今回は、その情勢も伝えなくてはならない作品だと感じました。そこが腑に落ちれば、なんとか一歩踏み出せそうです。幸せなのは、女として心動かされるセリフが散りばめられていること。自分の性を通して、そして自分の実年齢を通して表現できるのではないか思いました」
<あらすじ:ニューヨークの図書館。ベルリン出身の青年エイタン(中島裕翔)は、イスラム史を学ぶワヒダ(岡本玲)と出会い恋に落ちる。ユダヤ人のエイタンは、アラブ人のワヒダとの結婚を家族に認めてもらおうとするが、敬虔なユダヤ教徒の父ダヴィッド(岡本)は過剰なまでにワヒダを拒絶する。父の出生に疑念を抱いたエイタンは、ワヒダとともに祖母レア(麻実)の住むイスラエルへと向かうが、二人は爆弾テロに巻き込まれてしまう。病院にダヴィッドと祖父エトガール(相島一之)が駆け付け、彼らは久しぶりに母であり妻であるレアと再会するのだが…>。
―麻実さんはエイタンの祖母レア、岡本さんはレアの息子ダヴィッドを演じます。お二人の演じる役柄について教えてください。
岡本さん「それを探しているところです。なぜ彼らは争いを始め、今も敵対し続けているのか? そのことを疑問に思うのは、私たちが日本人であることが、この“なぜ?”という感覚を強くしているのかもしれません。 ダヴィッドの態度には彼なりの理由があるはずなので、自分自身が感じた疑問の答えを探すために、できる限り情報を集めながら向き合っています。」
上村さん「レバノン出身のムワワドさんが、イスラエルを舞台にしたこの物語を書いたのは、相当な覚悟をもってのことだと思います」
岡本さん「両方のいいところも悪いところもきちんと書く、そのすごさがあるし、それを演劇として人に見せる勇気がある。それがどういう感覚なのか。ダヴィッドが信じているもの、大事にしているものを理解していかないと、その人物像は伝わらない。ダヴィッドはある種、生真面目というか敬虔な人間なんだよね。でも、もしかしたら考えすぎないでやったほうがいい、となるかもしれないですが…」
上村さん「この作品には3世代の家族が登場します。ダヴィッドはその2世代目。親でもあり、子供の面もあります」
麻実さん「上村さんとよく話し合いたいのは、レアと夫エトガールとの関係性。戯曲上には二人の人生の詳細は書かれていないので、「どういうものだろう?」と考えています。それを見つけていかないと演じられない。この物語はエトガールとレアから始まっているので、時間をかけて見つけていきたいです」
上村さん「一世代目のエトガールとレアには、ホロコーストの記憶があります。そして、1982年のサブラ・シャティーラ事件。二度の大虐殺を目の当たりにし、命をどうとらえているかの価値観をしっかり押さえていけば、リアリティが見えてくるかなと」
麻実さん「その歴史の上で、ふたりの青春時代はどんなふうだったろうかと考えたりしています」
―上村さんにお聞きします。これまで“約束の血”シリーズを一緒に創作してきたお二人に期待していることは?
上村さん「今回は、濃密な家族関係の中での覚悟と孤独を感じさせなくてはいけない。二人の対話と、対話はしていないけれどあえて二人でいるときの居住まいが、とても大事になってきます。これまでは時間軸や空間軸が交差する演出で立体的に見せる部分もあったのですが、今回は対話で想像させていく部分に期待しています」
―特に信頼している部分は?
上村さん「僕がいうのもおこがましいですがお二人とも自分の気持ちの中で起きていることを、第三の目で演出者以上に見ておられる。それを常に確認しながら、僕にも投げかけてくれる。心強いです」
―麻実さん、岡本さんからみた上村演出は?
麻実さん「上村さんの作品は、稽古場でも相当な集中力を必要とします。そうそう簡単には立ち上げられない難しさもあるんですが、わからないことはわからないとはっきりと伝えることができる。すてきないい演出家で、頼りになりますね。」
岡本さん「なんでも言える演出家ですよね。わからないことは稽古場で解消しないと、お客さまには、わからないまま届きますからね」
上村さん「僕は方法論が確立されている演出家ではないので、稽古場でプロダクションの皆さんとの空気感の中でつくりあげることを大事にしています」
――世界情勢に踏み込んだ戯曲を読んでみて、歴史や戦争を題材にした、日本から遠い家族の物語なのに、心が動かされるのはなぜだろうかと考えます。
岡本さん「扱っている宗教の問題など日本人にはわからないことが多いのに、なぜこんなに感動するんだろう? なぜこんなに涙がこぼれるのだろう?と思いますよね。それはまず翻訳の力が大きい。そして、この戯曲を上村さんが演出して、我々が演じて、関わるいろんな人たちが心をふるわせながら、力を合わせて創り上げる。その過程そのものが、観る人の心を動かす原動力になるのかな」
麻実さん「世界の状況をきちんと取り込めるだけ取り込んで、自分の中に地盤をつくっておけば、この作品は家族の物語として立ち上がってくるはずです。レアの存在は“女”“子宮”でもあるんですよね。その本質をはっきりとりとさせることで、より人物像や物語の全体が見えてくるかなと思います」
上村さん「作中、名前を呼ぶシーンが多いんですが、親は名前をつけるとき、子供に願いを託す。それは未来に願いを託すということで、そんな未来に込めた願いというのが一貫してこの作家にはあるんです。その願いは、我々作り手がお客さまに届けるものとクロスオーバーする。そのあたりが、人なら誰しもというと大げさかもしれないけれど、日本人の私たちの心を揺るがすのかなと。舞台を観て、お客さまが何かを持ちかえってくださることで、あすの生活、あさっての生活、もしかしたら1年先、10年先の視野が、今より広がってくれればと思っています」
ワジディ・ムワワド Wajdi Mouawad
1968年、レバノンに生まれる。1975年、レバノン内戦を逃れ家族と共に8歳でフランスへ亡命。その後、滞在許可証の更新が拒否されたためフランスからカナダのケベック州へ移住し、カナダ国内で創作活動を続ける。2016年、滞在拒否されたフランス・パリの国立コリーヌ劇場に招かれ芸術監督に就任。その就任第一作が「みんな鳥になって」で、再演を繰り返している代表作。
【profile】
演出・上村聡史/Satoshi Kamimura
1979年7月18日生まれ。東京都出身。
2001 年文学座附属演劇研究所入所、18 年に同劇団を退座。現在、新国立劇場演劇部門芸 術参与。09 年より文化庁新進芸術家海外研修制度において 1 年間イギリス・ドイツに留学。第 56 回紀伊國屋演劇賞、第 22 回と第 29 回の2回にわたり読売演劇大賞最優秀演出家賞、第 17 回千田是也賞など受賞。近年の主な演出作品に、『グッバイ、レーニン!』『白衛軍』『デカローグ』『夜は昼の母』『My Boy Jack』『エンジェルス・イン・アメリカ』『野鴨』『ガラスの動物園』『斬られの仙太』『Oslo -オスロ-』など。世田谷パブリックシアターでは「約束の血『炎 アンサンディ』『岸 リトラル』『森 フォレ』」を演出。
岡本健一/Kenichi Okamoto
1969年5月21日生まれ。東京都出身。
1985 年、ドラマデビュー、88 年には男闘呼組としてレコードデビュ ー。映画、ドラマ、音楽、舞台、演出など、多岐にわたり活動。第 12 回・第 17 回読売演劇大賞優 秀男優賞、第 26 回読売演劇大賞最優秀男優賞、第 45 回菊田一夫演劇賞、第 55 回紀伊國 屋演劇賞個人賞、第 71 回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。22 年、紫綬褒章受章。近年の舞台出演作に、『建築家とアッシリア皇帝』、『尺には尺を/終わりよければすべ てよし』、『夜は昼の母』、『Le Fils 息子』『La Mere 母』、『グレイクリスマス』など。演出作品に『恋人』、『地獄のオルフェウス』、『破戒』、『ロミオとジュリエット』。バンド「Rockon Social Club」、「ADDICT OF THE TRIP MINDS」で活動中。
麻実れい/Rei Asami
1950年3月11日生まれ。東京都出身。日本芸術院会員。
1970 年宝塚歌劇団に入団。雪組トップスターとして活躍し、85 年退団。 以降、ミュージカル、古典、翻訳劇など多くの話題作に出演、『オイディプス王』『AOI/KOMACHI』な ど海外公演も多数。第 18 回松尾芸能賞 演劇優秀賞(97)第 43 回毎日芸術賞(02)第 54 回芸術選奨文部科学大臣賞(04)、読売演劇大賞最優秀女優賞(96、11)、朝日舞台 芸術賞(06)、紀伊國屋演劇賞個人賞(01)、菊田一夫演劇賞大賞受章(17)、紫綬褒 章受章(06)、旭日小綬章受賞(20)など受章多数。主な舞台:『ハムレット』『二十世紀』『サ ラ』『トップ・ガールズ』『サド侯爵夫人』『夏の夜の夢』『おそるべき親たち』『炎 アンサンディ』『8 月の家族 たち August Osage County』 『罪と罰』 『森 フォレ』『ガラスの動物園』など。
【公演情報】
▪︎タイトル
舞台『みんな鳥になって』
▪︎日程・会場
東京公演:2025年6月28日(土)〜7月21日(月・祝) 世田谷パブリックシアター
兵庫公演:2025年7月25日(金)〜7月27日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
愛知公演:2025年8月1日(金)〜8月3日(日) 東海市芸術劇場 大ホール
岡山公演:2025年8月8日(金)〜8月10日(日) 岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場
福岡公演:2025年8月15日(金)〜8月17日(日) J:COM 北九州芸術劇場 大ホール
▪︎作 ワジディ・ムワワド
▪︎翻訳 藤井慎太郎
▪︎演出 上村聡史
▪︎出演
中島裕翔 岡本健一 岡本玲 那須佐代子 松岡依都美 伊達暁 相島一之 麻実れい
▪︎公演情報
https://setagaya-pt.jp/stage/25004/
(2025,06,20)
photo:Hirofumi Miyata/styling:ゴウダアツコ(岡本健一さん、麻実れいさん)/Hair & make up:FUJIU JIMI(岡本健一さん)/hair: AI YUKI(麻実れいさん)/make up:Tomoko Okada(TRON) (麻実れいさん)/interview&text:Oko Takubo
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下記のリンクのインスタグラムにインタビュー撮影時のアザーカットを公開致します!!
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