KAAT 神奈川芸術劇場が展開する、大人も子どもも楽しめるキッズ・プログラムの一環として製作された『さいごの1つ前』。劇作家・演出家の松井周さんと俳優の白石加代子さんという、キッズ・プログラムとしては異色の顔合わせで2022年8月に初演され、好評を博しました。そして、2023年7月21日(金)からは、待望の再演が開幕します。今回は白石加代子さんに初演を通して感じたことや再演への思いをお聞きしました!!

―まず始めに、2022年の初演の際のお話をお聞かせください。今作は、“子どもたちとともに創り上げる”作品ということですが、実際にお客さまの前で上演されて、どのようなことを感じましたか?

おっしゃるようにお子たちと一緒に作る作品ではありますが、とても奥が深い物語で、大人の方がご覧になっても考えさせられるような作品です。前回は、コロナ禍で声を出すことが難しい状況でしたから、お子たちには足踏みや拍手で反応をしていただきました。私自身、これまでは客席とそのような形で交流をした経験が少なかったものですから、手探りではありましたが、やっぱり自然と心がほどけていきましたね。思わぬところで、お子たちの緊張がほぐれるのを感じたりして、純な心で見ているんだなと思いました。私がこれまで出演していた舞台というのは、難しい作品が多かったので、お客さまは「この人物は心の奥では何を考えているんだろう」なんて思いながら観ていたのだと思いますが、この作品のお客さまは本当に純粋に観てくださっているのを感じました。思わず漏れてしまった幼い笑い声が聞こえてくると私の感性もくすぐられて、とても不思議な経験でした。

 

―キッズ・プログラムの一環として上演されていたことだけあり、やはりお子さんが多かったんですね。

(観客の)半分くらいだったと思います。大人の方は、身じろぎもせず真剣に観ていらっしゃいましたが、お子たちは好き好きに観ていて、面白かったですよ。まるでこっちが観客になったような気分で。

 

―先ほども少しお話がありましたが、コロナ禍で声が出せない中での交流は難しいものもあったのでは?
自然と漏れてしまうような笑い声は別ですが、それ以外ではおしゃべり禁止。舞台上には「声を出さないでください」という看板も出ていましたが、作・演出の松井さんがいろいろと考えてくださって。随所に観客に話しかけるようなセリフを入れていたので、それにお客さまが足踏みや手拍子で答える形で作品に参加している気分にはなってくださったと思います。

 

―松井さんとは初演時にはどのようなお話をされたのですか?
松井さんとは今回、初めてご一緒させていただきました。そもそも、私はこれまでギリシャ悲劇のような古典作品で怖い女王や神の役を演じているような俳優だったので、松井さんがどうしてこんなにも楽しい作品にお誘いくださったのか全然分からず、どうなるんだろうと思いながらご一緒したんです(笑)。稽古場での松井さんは、役者をとても丁寧に扱っていらっしゃったのが印象的でした。私はこれまで、俳優がつまらない演技をするとイライラしてしまうような“待てない”演出家の方ともたくさんご一緒してきましたが、松井さんは全く違って、役者が行き詰まってしまっても丁寧に解きほぐしてくださるんです。停滞してしまう場面があれば、そこだけを抜きだして稽古をしてくださったり、本当に細かく丁寧に演出をつけてくださっていました。私はこの歳になってセリフを覚えるのが大変になってきたのですが、そうした各役者の個性みたいなものをきちんと掴んでいらして、私のことも色々案じてくださって…。そうした稽古でしたから楽しかったですよ。役者はみんな安心して身を任せていたと思います。

 

―そもそものお話ですが…今作は、白石さんの今までのキャリアとは大きく違った作風だと思いますが、最初にこのお話を聞いた時には、どう感じていらっしゃったのですか?
私がもともといた劇団は、客と馴れ合うなという考え方を持っていた劇団だったんですよ。正面を向いてセリフを言っていたのに、客と迎合するなと言われても困るでしょう?(笑) だから、客の頭の上を素通りしていくような、向こうの方に向かって話すという作りの芝居だったんです。その後、劇団を辞めて、鴨下信一さんという演出家と出会い、『百物語』という作品に出演させていただきました。シリーズを重ねている作品なのですが、その作品は劇団とは違って、客席に分かっていただくより他はないという作りの作品なんですよ。それまでやっていたギリシャ悲劇のようなお話ではなく、日常を描いているので、リアルな表現を身につけないといけなかった。なので、徐々に松井さんに近づいていったのかなと思います。『百物語』は、12年間も出演していたんですが、それを経験していなかったらお近づきにはなれなかったと思います。

 

―『百物語』での経験が今作に生きているのですね。

日常を舞台で演じるのはとっても難しいんですよ。私は、普段はこんな“ずっこけおばさん”ですが、それを舞台に乗せるとなると、ものすごく演技力がいるんです。それまで私は、狂気を持った役も、怖い女王も神様も自分とはかけ離れているから好んでやることができたけれど、「あなたの日常を演じてください」と言われたら決してできないと思います。役者ってそんなものなんですよ。日常を演じる時には、別の回路を通らないとたどり着かないんです。ですが、私は『百物語』を通して、長い時間をかけて、そしてこの歳になってやっと自分のぼけっとしたところを舞台の上にも平気で出せるようになったと思います。

 

―なるほど。では、今回の再演についてもお聞かせください。初演からどのようなところをブラッシュアップしていこうとお考えですか?

初演の時は、「次はなんだっけ」と頼ってしまっているところがあり、松井さんが思っていらっしゃるテンポにまでたどり着けなかったかなと自分では思っています。なので、今もたくさんの稽古時間をとっていただいて丁寧に演出してくださっていますが、もう少しテンポをあげたり、松井さんの思いがくっきり舞台の上に出るようにしていきたいなと思います。

 

―今作を通して、お子さんたちが芸術だったり、舞台、演劇に触れることで、どんなことを感じてもらいたいですか?

演劇全般のことではなく、この作品に限定してですが…。この作品では「死」を扱っているのですが、幼い頃に「死」について考えたり、想像した経験がある方って多いと思います。松井さんは天国も地獄も、この世に生きている人も、いろいろな言葉を使って描き分けているので、「死」をドキドキするような発想で観ることができると思います。大人の方にはそういうことを考え直すいい機会になっていると思いますし、お子たちには「死」を想像するきっかけになるのかなと思います。楽しく作ってあるので、きっとお子たちにも楽しんでいただけると思いますよ。

 

―子どものうちから、こうして生のお芝居を観る機会があるというのは、すごく幸せなことですよね。

本当にそう思います。KAATさんは、素敵なところへ誘う力を持っているのではないかと思います。

 

―最後に改めて、公演への意気込みと読者にメッセージをお願いします!!
ちょっとした仕掛けもあり、スタッフの方もとても頑張ってくださっている作品です。セリフも多く、大変なこともありますが、そうしたこともクリアして頑張ろうと思います。すごく楽しい芝居に出来上がっていますので、ぜひ足をお運びくださいませ。


▶︎白石加代子さんのファッション事情◀︎

―今日のお衣裳のポイントは?

そこまで深く考えないで着てきてしまったのですが(笑)、こういう場には、一枚着ればオシャレに見えるような羽織を着ることが多いんですよ。コロナ前にはパーティーに出る機会もありましたので、すぐにパッと羽織れるようなものを揃えてあるんです。今日も、この羽織を脱ぐと普段着なんですよ(笑)。なので、今日はこの羽織がポイントです。このお色も大好きなんです。

 

―ファッションのこだわりは?

まずは、生地の素敵なもの。今日のこの羽織も、古いお着物の生地を使って作っていらっしゃる方がいらっしゃって、年に数度、東京でお店を開いているんです。その時に、まとめて買ったものです。思いの外高いのですが、これを着ると一瞬にしてオシャレに変わるでしょう?だから、無理して買っています(笑)。

 

【profile】
白石加代子/Kayoko Shiraishi
1941年12月9日生まれ。東京都出身。

1967年に早稲田小劇場(現SCOT)へ入団後、鈴木忠志氏演出の『劇的なるものをめぐってII』『トロイアの女』などで世界80都市を巡演し、ピーター・ブルックに「火を噴くドラゴン」と称賛される。

1989年にSCOT退団後は、蜷川幸雄氏演出作品に多く出演し、映画やTVなどでも幅広く活躍。 1992年からスタートした鴨下信一氏演出による『百物語』の公演はライフワークとなっている。
2023年より演劇界からは初となる日本芸術院会員となる。
■公式ホームページ
https://studio-audubon.jp/actor/shiraishi_kayoko/
▪︎公式Instagram
https://www.instagram.com/shiraishi_kayoko/

photo,interview&text:Maki Shimada


【公演概要】
■タイトル
KAATキッズ・プログラム2023『さいごの1つ前』
■日程・会場
神奈川・横浜公演:2023年7月21日(金)〜7月24日(月) KAAT神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉
神奈川・座間公演:2023年7月30日(日) ハーモニーホール座間 小ホール
神奈川・逗子公演:2023年8月6日(日) 逗子文化プラザ なぎさホール
福岡・久留米公演:2023年8月13日(日) 久留米シティプラザ 久留米座
長野・松本公演:2023年8月19日(土)・20日(日) まつもと市民芸術館 小ホール
岐阜・美濃加茂公演:2023年8月26日(土) 美濃加茂市文化会館(かも〜る) ホール
■作・演出 松井周
■出演
白石加代子 久保井研 薬丸翔 湯川ひな
■公式ホームページ
https://www.kaat.jp/d/saigono_hitotsumae2023

(2023,07,21)

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